新しい仕事や業界に慣れるためには、業務内容や業界の風習を学ぶ必要があります。これを促進する方法として用いられるのがジョブローテーションです。

「時代遅れ」や「日本だけで無駄」などの声も聞かれるジョブローテーションですが、意味やメリット・デメリットを理解しておくことで効果的な運用が可能です。この記事で目的ややり方を確認しておきましょう。

ジョブローテーションとは?

ジョブローテーションとは?

ジョブローテーションとは、社員を部署間や職務間で異動させる労働慣習です。社員の能力向上を目的としており、一定期間後に元の部署・職務に戻ったり、最終的に別の役職についたりすることがあります。

従業員の育成を目的としているため、昇進やいわゆる左遷とは異なる概念です。「時代遅れ」と言われることもありますが、逆に言うと最も基本的なワークフォースマネジメント戦略の一環だとも言えるでしょう。

従業員と会社の両方にとってプラスとなる取り組みでもあります。仕事の効率を上げたり、新しいスキルを身につけたり、キャリアパスを築いたりするのに役立つため、ストレスに関わらず自らジョブローテーションを希望する人も多いようです。

メリットの多いジョブローテーションですが、パフォーマンス評価を実施しないと無駄になるとも言われます。そのため、実施期間中は360度評価などで勤労状況を追跡することが一般的なようです。

デメリットとしては、実施コストが大きいという問題があります。新しい業務を覚えるのには時間がかかるため、ジョブローテーション社員を受け入れる部署の能力が低い場合、失敗例に終わることがあります。このため、実施にはKPIを含めた綿密な計画立てが必要となります。

ジョブローテーションのメリット・デメリット

ジョブローテーション メリット・デメリット

ジョブローテーションには、多数のメリット・デメリットが存在します。以下に代表的なものをまとめてみました。

メリット

人的資本の蓄積

ジョブローテーション最大のメリットは、部署間で知識・スキルを受け渡すことができるということです。従業員のモチベーション向上やアイデア醸成にも役立つため、会社全体で社員の質向上を促すことができます。

柔軟性

ジョブローテーションの目的の一つに、柔軟性の確保というものもあります。様々な業務をこなせる従業員を確保することで、人事再編や新事業の開始などを容易にすることができます。また、事業全体を把握する幹部候補の人材を育成するためにも、異なる部署を経験させることは欠かせません。

モチベーションの向上

定期的に業務を変更することで、従業員のモチベーションを上げられるというメリットもあります。ジョブローテーションはストレスとなることもありますが、刺激を追い求めるという人にとっては逆に精神的負担の軽減にもつながる可能性があります。常に新しい環境に身を置くことで、仕事環境そのものから継続してアイデアやインスピレーションを得られるのは利点のひとつだと言えるでしょう。

デメリット

実施コストが大きい

ジョブローテーション最大のデメリットは、実施コストが大きいということです。部署が変わるたびに業務を一から覚えないといけないため、実施期間中は生産性が一時的に低下することとなります。このため、ある程度体力のある企業でないと実施そのものが難しいと言えるかもしれません。

ストレスが大きい

環境が目まぐるしく変化する上、常に新しい人々と接する必要があるため、ジョブローテーションはストレスが大きいというデメリットもあります。最悪の場合は退職にもつながりかねないため、定期的に聞き取りを行うなどし、必要に応じて精神面でのサポートを提供するのが重要です。

社員にやる気がない場合は無駄

社員がジョブローテーションを望んでいない場合、実施しても無駄になる可能性があります。今の業務が気に入っており、自ら継続して改善できるというような人の場合、同じ部署にとどまった方が会社にとってもプラスである可能性が高いです。このため、幹部候補の育成などを目的とする場合、ジョブローテーションを実施する人材は慎重に選定する必要があります。

ジョブローテーションは時代遅れで意味がない?

ジョブローテーションは時代遅れで意味ない?

「ジョブローテーションは時代遅れで意味がない」と言われることがあります。これは概念自体が古くから存在するためで、社会人にとって馴染みの深い取り組みだということに起因します。

そのため、時代遅れという意見は的を得ていないと言えるでしょう。現在も多くの企業が実施しており、特に幹部候補の育成・特定方法としては最も基本的な取り組みのひとつだと言えます。

ただし、「意味がない」という意見には一定の根拠があると言えます。ジョブローテーションはメリットの多い取り組みですが、次のような事業の場合は無駄となることもあると言えるでしょう。

高度な専門職

医療、研究、技術開発などの高度な専門分野では、長期間にわたる教育やトレーニングを経た従業員が必要となります。こうした環境でジョブローテーションを行うのは難しく、実施しても無駄にコストを増大させる危険があります。

クリエイティブな業界

コンテンツ作成やデザインなどの創造力が必要となる業界では、特定の分野で抜きん出た才能を有する人材が必要となります。ジョブローテーションがインスピレーション源となる可能性もありますが、創造プロセスを阻害し、結果的に生産性の低下につながる可能性の方が大きいと言えます。

厳しい規制下にある産業

厳格な規制要件を持つ産業(金融サービスなど)では、ジョブローテーションは意味がない上に危険が大きいとされています。これはコンプライアンスの確保が難しいためで、新しい業務の開始に際して特別な資格が必要となる場合もあります。このため、コスト増のみならず事業全体の法的責任が問われる事態を招く恐れがあります。

ジョブローテーションは日本だけで無駄?

ジョブローテーションは日本だけで無駄?

ジョブローテーションが日本だけで実施されているということはありません。概念自体が欧米で提唱されたものであり、アメリカをはじめとして各国のビジネスで広く採用されています。異なる業務の経験がプラスに働くことを初めて提唱したのは、オーストラリア出身の心理学者であるエルトン・メイヨーだと言われています。

ジョブローテーションが日本だけと言われるのは、日本の企業が火付け役であるということに由来すると思われます。戦後にトヨタがータルクオリティマネジメント(TQM)とリーン生産の一環として実施したのが先駆けとされており、それ以降国内の企業に瞬く間に広がりました。

こうしたことが停滞傾向にある経済と結びつき、「ジョブローテーションは日本だけ=不況に喘ぐ日本の慣行だから無駄」という図式が出来上がったものと思われます。また、経験者がストレスから「意味ない」という結論に行き着いたのではないかとも推察されます。

ジョブローテーションはデメリットのある取り組みですが、ワークフローの共有は時代を超えた概念だと言えます。そのため、「時代遅れ」とか「日本だけで無駄」という意見はジョブローテーションの意味やメリットを理解していないために生じる誤解の一種と捉えると良いでしょう。

ジョブローテーションの失敗例

ジョブローテーションの失敗例

ジョブローテーションの失敗例をまとめてみました。期待通りの効果をあげるには、以下のような失敗パターンを避ける必要があります。

例1:自動車メーカーAの失敗例

ジョブローテーションの失敗例 自動車メーカーA製造ラインの従業員を対象としてジョブローテーションを実施した自動車メーカーA。一部の従業員が異なる製造工程に適応できず、生産ラインの遅延と品質の低下を招いてしまった。事後の調査では、事前のトレーニングが不足していたことが露呈した。

【改善案】

  • スキルのマッチング・・・従業員のスキルセットに基づいて計画立てする。欠けているスキルを補うためのトレーニングを実施し、従業員が新しい工程に適応できるようにする。
  • 段階的な施行・・・生産ラインの中断を最小限に抑えるため、従業員を段階的に新しい工程に移行させる。
  • アンケートの実施・・・従業員からフィードバックを得てプロセスを改良する。業務が難しいと受け止められている場合、トレーニング内容を見直すなどして逐次改善に努める。

例2:救急病院Bの失敗例

ジョブローテーションの失敗例 病院B看護師を別の診療科に異動させる仕組みを導入した病院B。一部の看護師が異なる診療科目に適応できず、ジョブローテーションの失敗例を作り出してしまった。患者のケア体制に支障が生じたほか、救急態勢にも支障が生じる事態を招いた。また、ストレスの大きな環境は看護師のモチベーション低下と一部の看護師の退職を引き起こしてしまった。

【改善案】

  • 専門トレーニングの実施・・・異動先の科目に応じたトレーニングを提供し、専門知識や技術を身につけられるようにする。
  • オプションの提供・・・自分の関心やスキルに合った診療科目にローテーションできるようにし、業務の停滞とモチベーションの低下を防ぐ。
  • 協力体制の構築・・・看護師同士で協力して働けるような体制を構築し、先輩看護師が業務面でサポートできるようにする。

例3:テック企業Cの失敗例

ジョブローテーションの失敗例 テック企業CPC関連パーツを開発・製造しているテック企業C。開発者が製造現場を学べるようにジョブローテーションを実施したが、慣れない業務にストレスを感じる従業員が続出。製造過程を学ぶことはできたが、退職者が出たほか、部署間に軋轢が生じることとなった。事後調査の結果、人員不足により製造部門の受け入れ態勢が万全でなかったことが判明した。

【改善案】

  • 意図と内容の周知・・・ジョブローテーションとは何か、取り組みの意味を事前に明確に伝える。人員不足の場合は、受け入れが不可能であることを事前に報告できるようにする。
  • 受け入れ体制の強化・・・受け入れ先の部署に適切な人員を配置し、余裕を持って新人教育を提供できるような体制を整える。
  • コーチングの提供・・・ストレスを抱えている従業員に対しては、マネージャーなどがサポートやコーチングを提供できるようにする。

ジョブローテーションまとめ

ストレスがつきもののジョブローテーションですが、効果的に実施できればメリットの多い手法です。「日本だけの取り組みだから無駄」と決めつけずに、積極的に実施して従業員のスキルアップに役立てましょう。

また、従業員管理と対になる概念として顧客管理というものもあります。ビジネスを内側のみならず外側からも改善したいという場合は、そちらの記事の方も参照してみてください。